期待以上の面白さ

「最重要チェックやる夫作品」こと「やるやらで学ぶゲームの歴史」が、ますます盛り上がってきた。


■六話 サードパーティー(泳ぐやる夫シアター)
時代は1984〜1985年。それは即ち、前年にリリースされた任天堂ファミコンが、並み居る他社ハードを蹴散らしてゲーム業界の覇権を握った時代でもあった。
その鍵となったのは、ファミコン本体のハード性能は言うに及ばず。アーケードのナムコマイコンのハドソンという強力なソフトメーカーをファミコンソフトの供給メーカーとして…即ち「サードパーティー」として迎え入れたことが大きかったという。
そして、ファミコンブームを象徴するキーワードとして登場するのが、任天堂が「ファミコンのスペックの到達点」として作成した"あのゲーム"と、ハドソンが「ゲームイベントの司会者」として送り出した"あの名人"だった。


■七話 そして伝説ははじまった。(泳ぐやる夫シアター)
時代は1986年。タイトルを見れば一目瞭然。ファミコンを、否、人類のゲーム界を代表する"あのRPG"についての話題が中心。一方、任天堂ファミコンの勝利に安住することなく、「次世代ファミコン」とも言える「ディスクシステム」を世に送り出す。
そして、後にゲーム業界の勢力図を一変させる"あのメーカー"の"あのプロデューサー"が動き始めたのも、なんとこの頃だった。


■八話 メディア戦争前奏曲(泳ぐやる夫シアター)
時代は1987年。前回登場した"あのメーカー"の"あのプロデューサー"が、良きビジネスパートナーとして任天堂に接近。でも、この頃から既に"あのゲームハード"の元となる構想を抱いていたことは想像に難くない。
一方、ファミコンサードパーティーとしては譜代中の譜代であるナムコ任天堂も、それぞれ新たなゲームハードを計画。やがてそれは、PCエンジンという新型ハードとして結実する。
そんな動きがありつつも、ファミコンの天下が揺るがず、この年も多くに人気ゲームがリリースされ続ける。


■九話 最終幻想(泳ぐやる夫シアター)
時代は1987年末から1988年。こちらもタイトルで一目瞭然、存亡の危機に瀕した"あのソフトメーカー"が、「最後の夢」として一縷の望みを賭けて開発した"あのゲーム"について紹介。


以上の4スレ分、時期にして1984〜1988年。ちょうどこの頃は、僕もリアルタイムでゲームに、否、「ファミコン」にハマっていたので、出てくる話題の一つ一つが懐かしかったり。逆に、当時の子供たちには知り得なかった「ゲーム会社の大人の事情」とかは驚いたり。そんな楽しみの連続。


そんな諸々の「ゲーム業界昔話」をより知りたくなって、このスレの元ネタである以下の2冊をネットショップで購入。このゴールデンウィークにイッキ読破を目指しています。

414080274XNHKスペシャル 新・電子立国〈4〉ビデオゲーム・巨富の攻防
相田 洋 大墻 敦
日本放送出版協会 1997-01

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4413032063ゲーム大国ニッポン神々の興亡―2兆円市場の未来を拓いた男たち
滝田 誠一郎
青春出版社 2000-06

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